インドはみんなよく 「汚い」 とか 「適当で訳わかんない」とか

「言ってることあてにならない」いうイメージもあるんだけど、


別にインドでなくても、そういう現象って普段の日本にだってあるしな~と思ったりする。

 


実際、どこをどう見るかでも

ものごとって違って見えるし、もののとらえ方も変わってしまう。



もしも、若い頃にインドへ旅してたら?

それなりに若さの特権ってやつみたいな感じで

そこでの状況をそれなりに納得しつつ、旅を満喫したに違いない。

(どうせもともと貧乏旅行だし、ね)

 


ある意味、自分勝手な解釈
旅はすべてよかったことにしてしまうだろう。

 


しかし大人になった今はどうだろう。。。


もし、幼稚な子供のようなものの見方やとらえ方しかできないままでいたら?・・・

 

いったい、旅から何を学べるというのだろう。

 

同じ時間、同じ場所、同じような状況の中で

人ひとりずつ、受け取る意味も学びも深さも違う。

 

新しい体験や経験は、私たちに

「新しい価値観」「新たな考え方」「これまでとは違った、ものごとの見方」を

与えてくれる貴重な瞬間にもなれる。

 


  ~ ある女性の方が、この世を去るとき、
    残される最愛の家族へ宛てて書いた '遺書' の一部です ~

 

  出来るだけ、いっぱいいろんなものを見て、いろんなものを感じて

  なるべくやったことのないことをやって、

  行ったことのない場所に行って、常にチャンレンジしつづけてほしい。


  そして、ひとつひとつクリアするたびに出会える「あなた」が、

  その場所が、常にあなたの宝物になりますように・・・・・

  
  人と比べないで、あなたを信じて生きていってください。

  きっとこれからも、ステキなことがいっぱいあなたを待っています。。。。。


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   (北インド ハリドワールからさらに1時間ほどの聖なるリシケシの街を流れる、
    ガンジス河の中で瞑想を続ける、シバ神)


デリーから北ハリドワードへ向かうバスもこの大変なお祭りの時期、運もいいことに、

順調に流れて、なんと8時間くらいで到着できた!

 

早朝にデリーを出発し、この時期何時間かかるか?!予想もつかない・・・ので、

みな覚悟しておくように~と言われていたので、各自緊張していたが、、、


途中でランチしたり、(辛いカレーセットにべジバーガーや焼きそばなど)、

インド特有(笑)とも言うべき(計算なし?考えてない?)急斜の滑り台や

周るブランコ?を体験したりしてsweat02

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トイレ休憩で、バスから人が下りるとこんな光景で一瞬一瞬和んでいく。

少年が持ってるクリームコロネは、1本=10円。

露天のフルーツスタンドにある、野菜は

みんな皮がむいてあって美味しそうに見える(笑)これも一瞬ねsweat01

 

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 途中、マスタードなる辛子油の花畑が一面に広がってて、

「美しさ」とは、

特別なものではないことを体感させるような景色が続く。
 

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15年前の自分たちは、

当時赤字だらけの会社経営と

心労を抱えた家族のことでいつも翻弄され、

いっぱいいっぱいだった。

数年後、

黒字転換し、無借金経営にもなり、

 経済的には豊かになったが、

「空」を見る豊かさはまだ持っていなかった当時をふと、振り返る。



外的要因を取り除き、状況を変えてなんとかすれば、

それですべてが安泰するもののように感じていた、あの頃。

必死だった・・・

逃げられない、捨てられない、誰にも相談できない、

自分たちの代わりなどどこにもいない、、、のだから。

 

外ばかり見ていた。

外の状況が変わることが、「結果」だと錯覚していただけ。


普段の自分の頭の上に広がる、本当の「空」すら 見忘れてしまう自分たちにとって、

本当の苦悩は、

外にあるもの以上に、無知な自分自身の中だったのだ。 

 



苦行とはいったい何なんだろうか?

苦行から、本当に「悟り」は生まれるのか?


 

実際のところ、

サドゥーやリシたちに会ったからといって何が?と思う人たちがいても当然だし。

彼らの苦行が、悟りへの道なのかも、私には到底わからないし。


本当の苦行とは、

普段の日常の中にあって、

それをすべて捨てて、ヒマラヤだの山に入って瞑想したりYOGAするなんぞ、

現実から逃げてるのとなにも変わらないんじゃ?と考える人だっているだろうし。

 

以前、友人から手塚治虫「ブッタ」(全12巻)を貸してもらって一気読みしてしまった。

もちろん、歴史的なブッダの正確な生涯の描写とはちょっと違うが、


大事なのは、

ブッタが悟りを開くまでの苦悩と、悟りを開いた後も苦悩があること。

それはブッタだけではなく、誰もがみな悩み、苦しみ、葛藤の中にいること。


中には、

その苦悩がゆえに、

人としての善良な道を外れてしまうことがあったり、


葛藤や苦悩の中から、悪を辞め善なる道を強く生き貫くこころがあったり、、と。

 

誰もが、それを克服しようと乗り越えていこうとするために

それぞれが選択した修業をするだけなのではないだろうか。

CIMG3388.JPGのサムネール画像


誰もがもつ、

その苦悩や葛藤という「苦行」そのものから、 


日々、真に生きること自体が修業であるならば、


今こうして生かされてる限られた時間の中で、

もっと人生と向き合い、

もっと広く深い世界観と理解力を持ち、

苦悩も葛藤や孤独も、どんな愛さえも・・・

受け入れていけるだけの叡智をもった器になりたいと強く思う。
 

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