2009年7月アーカイブ

偶然にも湧いたインドへの旅へ2週間ちょっと行ってきます。


「自分を知る」 ことから遠ざけようとしてきていた自分をもっと知るために・・・・

 

今回で3度目になる、インドの旅。

 

はじめてのインドは、

家族でアガスティアの葉を全章開けに行き、カルマ解消の処方をする。


2度目は、知人や友人たちや家族と一緒に、

サイババのアシュラムで早朝から瞑想、夕方も瞑想の日々を過ごす。

 


どちらのインドの旅も、

自分自身についての多くの課題を持ち帰ってきている。

 

いまもその課題は私の中でなかなか終わらない。

 

驚くほど、いろんなものと絡み合っているからだ。


記憶を消して入れ替えているものから、

インナーチャイルドから、

感情から、思い込みや被害者意識、高慢さや無知さなど諸々。

 


私たちは、人の人生を代わりに生きることができないように、

 

自分以外の誰にもその課題をやってくれる人はいない。




人から教わって知るレベルで、

変わっていけるなんて魔法は、存在しない。

 

そんな魔法が本当にとっくにあるのなら、

この世の中には、人の悩みも苦しみも無くなって、

戦争も貧困も差別も食糧難も犯罪もなく政治も穏やかだろう。



人生こそ、自分自身でどうするか考え、実践し学んでいく方法でしか、

人生を理解できるようにはなれない。

 

それを簡単に楽に最短での前振りまで付けて、

方法ややり方なんかで人生を思い通りに自由にできます!なんてこと語れないし、


だって・・・・

人生を生きるとは、もっと高貴なものだからだ。

 

 


3度目の今回は、

急に父が亡くなって・・・突然中断してしまった娘の島村留学に姉が心使いをしてくれて

もう一か月間延長することになり、


急に降って湧いたように、

背中を押されるように出発することになった、父からの贈り物のようなインドの旅。



 

インド国鉄自慢の寝台列車trainに13時間~14時間乗ってガンジス河へ行ったあと、

ナチュロパティで10日間を過ごす。

 

ナチュロパティとは、自然療法の施設。

この施設では、自然にあるもの(水、泥、太陽、野菜と果物)だけの

トリートメント(治療)メニューで私たちの心と身体に溜まっている有毒な物質を排出する。

 

朝6時から始まる、ヨガ・テラピーや

毎日ドクターの診察hospitalのもとで断食もできて

話では、

個人の症状に合わせて泥パックや

アーユルベーダのようなオイルトリートメントが毎日あって、

夕方からはちゃんした講義も待っている。



そしてさらに素晴らしいのは、

この施設を運営する目的が、チャリティー(施し)だということ。

 

1億円ほどかけて建設されたとても美しい施設は、

老人や貧しい方々のために 「適切な自然医療」 を施したいという

オーナー夫妻の純粋な想いから今年の2月にオープンしたばかりらしい。



慈善施設に関心の高い、私たち夫婦にとって

こうした実際の現場に行ったり見たり、


「自然療法」の実践の中での体験は、生涯に大きな影響力を持つだろうと感じている。

 

心も身体も霊性も

心療療法だけや食事だけでは自己開発できるほど単純ではないだろう。

 

誰もが、日々の葛藤の中で精一杯やっている。

 

きっとまだまだ・・・・

道にも迷うだろう、

傷つくだろう、

悲しい思いも苦しいこともあるだろう、

 

その中で

心の安らぎと人生への理解を深めることに繋がるなら、

 

できるすべてをつかって

その役に立てるような人生を送りたいと心底思う。

 

どんなに霊性に触れる機会があっても、

それについていけるような肉体だってとても大事なのだから・・・・。

 

月下美人

夕方からつぼみを膨らませ・・・

夜に花を咲かせる、月下美人。


ねぇねぇ、このあと咲きそうだよbudってTomsさんが夕方喫茶店からるんるん帰ってきた。


どうも、その周辺にいた人たちから、


" たった一晩しか花を咲かせない花 "で、純白色のとても大きな美人な花だとか

めったに見られないとか、


ウンチクを聞いて我慢できるタイプではないTomsさんsweat01

私も一緒に同行しないかと誘ってるみたいだ(笑)

 

いっぱい近所の人も集まってきて、夜にnight 花をじっくり観る。

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たった一晩しか花を咲くことなかったら、人間ならきっと文句いってるねcoldsweats01

自然界や植物たちは なんも言わない。              なんとも美しいshine

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定期的?!という、麻酔のような麻痺?のようなものがある。

 

今度もあるから、
次回もあるから、と 人は麻痺を覚えて・・・

 
定期的にやってるみたいだから、と

 
その瞬間の出来事の大事さを軽く見てしまう。

 

明日があるから、

来月があるから

来年もある、

 

そうやって

 

決められない、でいる。

いつまでも 「決めない」 ということを 決める。

 

定期的はない

 

あるときに、いく。

いけるときにいく自分。

いくために改善や見直しをするために、"今" をみることのできる自分になるために。

                                     

その瞬間とは、後にも先にも


そのときしか存在してないのだから。

 


少し前にたまたま、あるピラティスのホームページpcをみて感動してしまった。

(※ピラティス:西洋のヨガとも言われ、ダンサーたちの間に広がり、
         体のコアの筋肉を鍛えることで医療分野でも注目されている)


そこには・・・


「この問い合わせフォームに、次回はいつですか、のメールを送信しないでください!

 
 最初から、次回と考える人はメールしないでください。

 なぜなら、

 そういった方は最初から来ませんから・・・今まで来た試しがないので。」

 

 

勇気あるぅ~~。事実だ!

 


ここまで表示できる正直なパワーに感動してしまう。

何度かなにか会を定期的に企画したり、

主催した経験のある方なら、すでにその意味を理解しているはず。

 


NLP講座が始まって5年経過した中でも、

 

申込後、キャンセルする人は

二度と講座に来ることはないことは理解している。

 

残念なのは、

その人にとって 「その道」 で

その大事な瞬間に、私では役に立てなかったことだ。

 

 

先日もある知人が講習会、勉強会を企画したが、

やって欲しいとずっと希望をだしていた本人は、行けないといいだして・・・

 

もし、次回があっても、声をかけない。

来させないと言っていた。

 

その道とは、

そのときだから、大事だということを


人は学ぶことがすごく重要なときがあるという

 


そして、

「その道」が提示されたときに、その道へ行かないならば

人によってはもう二度とそうした道がない人もいるらしい・・・・。

 

本来、天から宿命のようにサポートのように提示された、その道。

しかし、

本人自らそのシンクロからズレて外れていこうとしてるんだからしょうがないという。

 

 

忙しいとか時間に間に合わないだとか、

お金が足りないとか、

常識から考えたら普通じゃないとか、

家庭が~、仕事が~、もろもろのことは、一切関係なく、

 

生きてること事態、 スピリチュアルなことだとするならば、


そのときだからこそ、

「その道」 が大事なことを素直に受けとめて、


「その道」が開けている瞬間に感謝しながら生きていきたいと思う。 

 

根性のある天ぷら

衣がべたつかない、もたもたした感じでなく、カラッとした衣の天ぷら。


『 みんなぁ~~ " 根性のある、天ぷら " がいいでしょ?』 

 
と先日のキッチンセラピー(R)で、

プロの日本料理の先生から教わった、トウモロコシの天ぷら。

 

まじ、やばいくらい激うますぎです!

 

お弁当とかに入れたら、

一般的に人気の唐揚げや卵焼きを軽く抜き去ってしまうほど美味しい~delicious

 

樹木 希林さんが昨年、主演女優賞に輝いた映画movie 「歩いても 歩いても」 の中で

楽しそうに笑いながら、

ぱちぱちいう、トウモロコシの天ぷらを揚げていて

めちゃんこ美味しそうなシーンがあって、いつか作ってみたかったんだ~。


 apple 材料&レシピ bud

・とうもろこし 2本    包丁で身をはずしてばらす
                 ↓
・塩 少々    
・片栗粉 大さじ4
・小麦粉 大さじ4    粉をとうもろし全体につける感じにする。
                 ↓

・水 50cc~100cc  様子をみながら、冷たい水を入れて、
               2つのスプーンですくいながら、油の中へ入れる。
                 ↓

               入れたら、蓋をする。
               蒸気があがってきたら、蓋をあけて様子見ながらひっくり返す。
                 ↓

               蓋についた蒸気をふきんで拭き取りながら、また蓋をする。


※粉を2種類以上混ぜて使うのがコツらしい。

※全体的に、手早さが大事。

※AMCの鍋では蓋をして揚げ物をすることで

 材料の上下に熱が同時に加わり、カラッと揚がり、

 さらに一般的な揚げ物より、

 こうして蓋をして揚げることができると、はるかに油の酸化度が違うので
 味も違うけれど、食卓の長い月日を考えたら健康にも違いがある。

 やはりさすが、科学者が創った鍋だ。

                                               
Image013.jpgのサムネール画像 morokosi3.jpg 

 

 

 

 

 

 

 

morokosi4.jpg morokosi2.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし・・・
タイミング悪く、油から跳ねたモロコシが両腕に激突し、現在、hospital私負傷中weep

先週公開が始まった、movieハリーポッター早く行こうぜぃって言ったら、

お前、なんか忘れてないかい?

 

うぃ?

 

あっ!TSUTAYAから借りたDVD明日までじゃーんsaddown

ってことで、
「ブラザー・サン シスター・ムーン」 を観る。


ブッタ、イエスキリストに次ぐ、

聖者的に暮しながら、

生き方や人生を説いたイタリアのアッシジ聖人フランチェスコのお話。

 

しかし、肝心な大事なシーンで ぷっflairと笑い出しそうになってしまった・・・

 

両親へ 『 頂いたもの、すべてお返しします 』 といって、

裕福な家庭で育った主人公が

着ていた服をすべて脱ぎ、

すっぽんぽんの裸になり、街を歩いて去っていくという、


普通なら?感動するシーンcryingがある。

 

私の育った家では、同じようなシーンを経験している(笑)


annoyうちに文句があるなら、この家でていけ!punch」と言われ続けて皆育ったsweat01


ただし、出ていくなら

自分で稼いだものだけなら身につけていってもいいと。


そんなぁ・・・・


小中学生の子供に今着てるシャツt-shirtだって、えんぴつ一本pencilだって

どれも両親が一生懸命仕事して稼いで手にしたもので、

何ひとつ、自分自身で稼いで手にしてるものなんかないよぉ、、、、、、sweat02


もし、家を出て行くなら、きっとなにも持たず、

シャツ一つ、パンツすら穿いて出ていくことができない。

終いには、

苗字も捨てて、、、、出て行けと。

 

そりゃそうだ、、、、。

苗字だって親からのもんだし、、、、。

 

そして、

外にでて、もし誰かに名前を聞かれても苗字を名乗るなと!と言われた。

 

苗字で手繰り寄せられて、この家houseに舞い戻ってきてしまうからだpunchbomb

  (※おいおい、

  戦国時代や江戸時代じゃないんだから、
  今どき苗字のない人いたら、そっちのほうが妙に思われるってgawk

と今となっては笑い話で済むが、
当時は真剣にビビって暮らしてた、あの両親ならマジでやるだろうと(笑)



まったく映画の内容からは外れちゃうけどcoldsweats01


幼い時から


少しのことや小さいことに "感謝すること" "大事にすること" を


両親という対象を通して

小さいときからが大事だから一生懸命、伝えようとしていたのかもね。。。

 

 

ちなみに・・・・movieハリポタは

中心的出演者たちが大きくなっていたり、
先生方もだいぶ歳とったな~って感じがした。

まるで、
「北の国から」シリーズのような想いがよぎる。

次回は来年夏、その次は再来年と公開予定が決定しているようで、
今から超~楽しみhappy01note
 

後悔しないという執着

この世に生きてるときに、

どれほどのものを捨てていけるか が大事といわれる 『悟り』 という中で、

愛着や執着もそのひとつだろう。


なかなかモノが捨てられないとか片付けられないのは、

そういった思いや感情が

自分の中から捨てることができないからだと、


風水整理術や整理術から見る心理学の中でも

同じようなことを言っている。



父が亡くなって、

後悔はないか?といったら、あげればそれはきりがない。。。。


なら、 「後悔がないように、悔いのないように生きる!」 といったところで、

それは、

自分が満足したい!という

自分自身を満たすためだけなのかもしれない。

 

あなたが後悔のないように生きたことで誰が満たされるのだろうか?

誰を幸せにすることになるのだろうか?

 

きっとわずかな周りの人たちが安心感を一瞬感じる程度かもしれない。

 

後悔しないために、なになにをするというのは、


貧乏にならないために、なになにをするとか
失敗しないために、なになにをしているとか と似ていないだろうか?


物事の焦点が、『 後悔すること 』 に当たってるような気がしてならない。

 

後悔したくない、という それ自体も 『 執着 』 なのではないだろうか?


などぼんやり思ったりして・・・・・

後悔することを無くすことよりも、

正直になれば、やっぱ後悔していることもあるんだよ、、、
父さん・・・と歩いていたら、

ochiba1.jpg ochiba2.jpg


 

 

 

 

 

 



 

よーくみたら、季節はずれの銀杏の葉。

季節ずれの 「snow雪だるまのたい焼き?」買い食い。

taiyaki.jpgnewもうすぐスタートする、
こころの達人(R)SNS 『みんなの達人』 soon のWeb構築ミーティングで

人気天然酵母のパン屋さんへ

『ベッカライ徳太郎』のカフェ:アーリバードへ久しぶりに入店できた。

(いつも混んでるからsweat02

tokutarou1.jpg tokutarou2.jpg


 

 




この店のスタッフの方々は、昔からいつ来ても、

まるでアシュラムにいるような修行中のクリーンなエネルギーでホントに感じがいいheart04

父が亡くなり・・・

父が亡くなり、気がついたら2週間が過ぎ・・・
そのあとのここ一週間でなんとか日常になろうとしつつも、

普通に感じてきたこれまでの日常には戻れるわけもなく、

この3週間を振り返っても、

まだなんだか嘘のような、
いつかそのうち夢から覚めるような気がしたりもします。


朝、姉から知らせを聞き、
急いで鹿児島へ行き、火葬するまでの3日間。

ふと交差点で、走る市電を見ながら、
なんで?いま自分はこの知らない町の、ここに立ってるんだろう?

と我に返ると、現実がやってきました。


この夏、皆既日食で
トカラ列島へ向かう鹿児島とのフェリー往復便は車も人も定員いっぱい。

トカラ列島で亡くなった父を車に乗せてフェリーには乗れず、
遂に、
鹿児島県警がヘリコプターを出動してくれて、

トカラ列島で一番高い山の麓に降り立ち、父を鹿児島まで運んでくれた。


父を乗せたヘリコプターが飛び立ち、
空から見えなくなるまで、たくさんの島の人たちが黙祷する光景に

母と姉たちは涙がどっと込み上げてきてたまらなかったと・・・

翌日の夜、鹿児島港に着いた、母と姉から聞かされた。


母は当然、

『お父さんは、最後までかっこよく帰っていった。あんちくしょー』

と怒りながら、

驚いたことに、
父が亡くなってから

自分たちがまだ知らない島の人たちが生前の父がこの島に来るたびに、

足湯とか散歩中にいろいろ方々と話をしたりしていたことが分かり、

姉の家にひっきりなしに訪れる島の人たちとそのときの父との話を知り、


母たちはさらに、

『お父さんはほんとにもう』と笑顔で怒って泣いていた。

姉の旦那さんはそれをユニークに、

『やっぱ社長は、最後まで商売人だったね。
 おれたちの知らないところでも広げていってたもんね』と

私たちを笑わせて和ませてくれた。



もう何年振りだろうか?

こうやって兄弟4人とその家族たちと長い時間一緒に過ごして、
しゃべったり食べたり笑ったり、泣いたりしているのは?


現実的にはもうここに父はいないのだけれど、
母と兄弟たちとその家族と一緒にいる時間は、

なんとも言えないほど優しい心地いい楽しい瞬間だった。

 

家族しかしらないエピソードや笑い話や思い出にあふれ、

「他から見たら非常識」と思われてしまいそうな、

自分の家族だけにしか通用しない "うちの家だけルール"で過ごす時間。

 


3日目。
火葬場でそれは中断した。

最後の火葬の点火ボタンに、嫌々手をゆっくり伸ばす母。
あれだけ気丈な母が、
幼い少女のように声をこらえて泣く嗚咽が高い天井に響いた。



帰り道は、
父も気に入っていて、鹿児島に来て時間があると何度も行ったという、

坂本竜馬が新婚旅行で行った温泉のちょっと先にある、
ラムネ温泉にみんなで寄っていこうということになった。

もう何日も風呂に入ってないし。

ramune1.jpg ramune2.jpg

 

 

 




お風呂場に自分たち家族だけになったとき、黄色のチョウチョが飛んできて、

家族みんなで「あ、やっぱ父さんきたね~~note」と話しながら、

父の遺骨を抱いて飛行機に乗って家に帰ってきた。


その後は、これまでの父の生きてきた立派な歴史を物語るように

多くの花に囲まれてお通夜や告別式が行われた。


父は私の自慢だった。
父が今の私の歳には当時でも何億もする大きな家を建てて暮らし、

ゼロから母とともに4人の子供を育てながら、
年商何十億もの会社を経営し、

酒たばこ女賭け事不正など一切しない、責任感ある真面目な努力家だった。


普段からよく見た父の姿は、
常に書斎で机に向かってたくさんの本を読み、
書類や勉強しているか整理整頓している姿だった。

知的でよくジョーダンを言い、私に何度も人生を教えてくれた。


その父の書斎から見つけた日記の中は、
私が大好きだった父の姿でいっぱいだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私自身人生の転機に来ている。
この人生の転機にどう行動すべきか、今こそ良き判断をすべき時である。

今回は持久戦にて
自分の精神的な強さを発揮していく覚悟でいる。


今迄の努力及び考えが甘かったと反省している。


すべては自分にも考え方、物の見方もよく見分けて改善し、
皆が楽しく生活し前向きに前進する必要があり、

今後も勉強及び研究をしていかなければーーー。


自分自身を改善して前向きに事柄に力をいれて歩まねばと日々努力しているが、
思うようにいかず、

いつもいつも君に迷惑をかけてすまないと思い、自分の未熟さ感じています。



とにかく、正直にまっすぐに歩んで行くつもりです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 


父との最後のコミュニケーションは、
たったひとつだった。

後ろから急にやってきて、

大きい声で『おうっ!』と一言、痛いくらいに私の背中を叩いて出掛けていった。



あのとき一瞬ムッとした私。

2週間後、この意味を自分の中で発見することになった・・・・・。

 

 

人はよく、

 

大きな病気をしたり、倒産や破産、
身体の機能の一部を失ったり、
大切な誰かを亡くしたりして、


それが
人生や自分の生き方を変えたりするきっかけになる話は

よく聞くけれど、

できることなら、
そうじゃないほうがやっぱりいいと思う。


そういうきっかけを待つことをしなくても、

私たちは、

もっと人生を前進していけるし、
生き方ももっと変えていけるだけのものをちゃんと持ってるのに、


なぜ?
もっと早く考え方や生き方をもっと変えていこうと
歩き始めて行かなかったのだろう?・・・

 

父を亡くすという機会を通さなくても、

もっといくつものメッセージが来てたのに、


私は全然気が付けなかった。

いや、気づいていたのに、もうこのへんでいいや

って立ち止まって後退していたんだ。



思い返せば、
父はいつでも私を無条件に承認してくれた存在だった。

私の考え方や生き方を否定しない、批判しないでいてくれた。


「ひとみの言ってることはあってるし、もちろんそうだよ。
 でもね、

 人生は1+1がいつも2じゃないように、
 白黒はっきりさせたいと思っても、ネズミ色が存在するように
 それを理解できるようになれるといいね。」



人生に責任を持ち、

読書家で勉強や研究を続け、

いくつになっても前向きに努力を怠ることなく正直に生きた父。

母を最も愛し、子供や孫たちの成長を喜びにしていた父。


お父さん。
最後もまだあなたから私は、人生を学ぶことになりそうです。。。。