父が亡くなり・・・

父が亡くなり、気がついたら2週間が過ぎ・・・
そのあとのここ一週間でなんとか日常になろうとしつつも、

普通に感じてきたこれまでの日常には戻れるわけもなく、

この3週間を振り返っても、

まだなんだか嘘のような、
いつかそのうち夢から覚めるような気がしたりもします。


朝、姉から知らせを聞き、
急いで鹿児島へ行き、火葬するまでの3日間。

ふと交差点で、走る市電を見ながら、
なんで?いま自分はこの知らない町の、ここに立ってるんだろう?

と我に返ると、現実がやってきました。


この夏、皆既日食で
トカラ列島へ向かう鹿児島とのフェリー往復便は車も人も定員いっぱい。

トカラ列島で亡くなった父を車に乗せてフェリーには乗れず、
遂に、
鹿児島県警がヘリコプターを出動してくれて、

トカラ列島で一番高い山の麓に降り立ち、父を鹿児島まで運んでくれた。


父を乗せたヘリコプターが飛び立ち、
空から見えなくなるまで、たくさんの島の人たちが黙祷する光景に

母と姉たちは涙がどっと込み上げてきてたまらなかったと・・・

翌日の夜、鹿児島港に着いた、母と姉から聞かされた。


母は当然、

『お父さんは、最後までかっこよく帰っていった。あんちくしょー』

と怒りながら、

驚いたことに、
父が亡くなってから

自分たちがまだ知らない島の人たちが生前の父がこの島に来るたびに、

足湯とか散歩中にいろいろ方々と話をしたりしていたことが分かり、

姉の家にひっきりなしに訪れる島の人たちとそのときの父との話を知り、


母たちはさらに、

『お父さんはほんとにもう』と笑顔で怒って泣いていた。

姉の旦那さんはそれをユニークに、

『やっぱ社長は、最後まで商売人だったね。
 おれたちの知らないところでも広げていってたもんね』と

私たちを笑わせて和ませてくれた。



もう何年振りだろうか?

こうやって兄弟4人とその家族たちと長い時間一緒に過ごして、
しゃべったり食べたり笑ったり、泣いたりしているのは?


現実的にはもうここに父はいないのだけれど、
母と兄弟たちとその家族と一緒にいる時間は、

なんとも言えないほど優しい心地いい楽しい瞬間だった。

 

家族しかしらないエピソードや笑い話や思い出にあふれ、

「他から見たら非常識」と思われてしまいそうな、

自分の家族だけにしか通用しない "うちの家だけルール"で過ごす時間。

 


3日目。
火葬場でそれは中断した。

最後の火葬の点火ボタンに、嫌々手をゆっくり伸ばす母。
あれだけ気丈な母が、
幼い少女のように声をこらえて泣く嗚咽が高い天井に響いた。



帰り道は、
父も気に入っていて、鹿児島に来て時間があると何度も行ったという、

坂本竜馬が新婚旅行で行った温泉のちょっと先にある、
ラムネ温泉にみんなで寄っていこうということになった。

もう何日も風呂に入ってないし。

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お風呂場に自分たち家族だけになったとき、黄色のチョウチョが飛んできて、

家族みんなで「あ、やっぱ父さんきたね~~note」と話しながら、

父の遺骨を抱いて飛行機に乗って家に帰ってきた。


その後は、これまでの父の生きてきた立派な歴史を物語るように

多くの花に囲まれてお通夜や告別式が行われた。


父は私の自慢だった。
父が今の私の歳には当時でも何億もする大きな家を建てて暮らし、

ゼロから母とともに4人の子供を育てながら、
年商何十億もの会社を経営し、

酒たばこ女賭け事不正など一切しない、責任感ある真面目な努力家だった。


普段からよく見た父の姿は、
常に書斎で机に向かってたくさんの本を読み、
書類や勉強しているか整理整頓している姿だった。

知的でよくジョーダンを言い、私に何度も人生を教えてくれた。


その父の書斎から見つけた日記の中は、
私が大好きだった父の姿でいっぱいだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私自身人生の転機に来ている。
この人生の転機にどう行動すべきか、今こそ良き判断をすべき時である。

今回は持久戦にて
自分の精神的な強さを発揮していく覚悟でいる。


今迄の努力及び考えが甘かったと反省している。


すべては自分にも考え方、物の見方もよく見分けて改善し、
皆が楽しく生活し前向きに前進する必要があり、

今後も勉強及び研究をしていかなければーーー。


自分自身を改善して前向きに事柄に力をいれて歩まねばと日々努力しているが、
思うようにいかず、

いつもいつも君に迷惑をかけてすまないと思い、自分の未熟さ感じています。



とにかく、正直にまっすぐに歩んで行くつもりです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 


父との最後のコミュニケーションは、
たったひとつだった。

後ろから急にやってきて、

大きい声で『おうっ!』と一言、痛いくらいに私の背中を叩いて出掛けていった。



あのとき一瞬ムッとした私。

2週間後、この意味を自分の中で発見することになった・・・・・。

 

 

人はよく、

 

大きな病気をしたり、倒産や破産、
身体の機能の一部を失ったり、
大切な誰かを亡くしたりして、


それが
人生や自分の生き方を変えたりするきっかけになる話は

よく聞くけれど、

できることなら、
そうじゃないほうがやっぱりいいと思う。


そういうきっかけを待つことをしなくても、

私たちは、

もっと人生を前進していけるし、
生き方ももっと変えていけるだけのものをちゃんと持ってるのに、


なぜ?
もっと早く考え方や生き方をもっと変えていこうと
歩き始めて行かなかったのだろう?・・・

 

父を亡くすという機会を通さなくても、

もっといくつものメッセージが来てたのに、


私は全然気が付けなかった。

いや、気づいていたのに、もうこのへんでいいや

って立ち止まって後退していたんだ。



思い返せば、
父はいつでも私を無条件に承認してくれた存在だった。

私の考え方や生き方を否定しない、批判しないでいてくれた。


「ひとみの言ってることはあってるし、もちろんそうだよ。
 でもね、

 人生は1+1がいつも2じゃないように、
 白黒はっきりさせたいと思っても、ネズミ色が存在するように
 それを理解できるようになれるといいね。」



人生に責任を持ち、

読書家で勉強や研究を続け、

いくつになっても前向きに努力を怠ることなく正直に生きた父。

母を最も愛し、子供や孫たちの成長を喜びにしていた父。


お父さん。
最後もまだあなたから私は、人生を学ぶことになりそうです。。。。

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