そろそろ・・・この 『休息期間』 も終焉を迎えようとしてることは、
Tomsさんとふたりで、薄々は何かしら気がつき始めていたんだけド![]()
(ここ数カ月ちらほらと、いろんな現象が現れて、
そのメッセージをもう無視を続けることができない感じになってきたし)
2008年11月から約1年半の間、ようやく。
こうしてビジネスもしない、なにもしない、、、『 休息 』というお休みも、
そろそろ終わりかと思うと、
なんだか当初の頃とは違った意味でまた寂しく感じたりもする。
始めの頃は、
馬車馬のように働き、ビジネスを成長することだけが
まるで人生の目的のようにやってきてしまった私たちにとって、
『休息』 ほど、
働くことや仕事をする以上の辛い体験はなかったように思う。
完璧主義者や期待ばかりする者、
いつもそれには、なにかが必要だと思い込むような、
『手放す』 ことができないでいる者たちにとって、
お休みという 『休息』 はできない。
まさに、自分だった。
きちんとやりたい!聞こえはいいが、完全を求めているのは、
自分の完璧主義を満たしたいからであって、
未来や将来にばかり期待したり、
自分の都合のいいように損得やうまくいくように願ったり、見返りを求めて
期待するのは、そこに不満があるからで、
お金だの時間だの、資格だの有名だの地位があるから大丈夫で安心?だとか、
逆説的に言えば、
お金がないとだめ、時間がないからできない、
これこれのそうした条件だのって、
それには、いつも何かが必要だと思い込んでいるのは、
自分の本質に気づけなくなっているからで、
そうやって、自分を見失っている分だけ、手放せなくなるのだ。
「人は生きてるうちに、手放しなさい!」 と聖者や賢人たちは言うが、
この休息を通して、
私たちは、自分の本質にどれほど気づけるようになれたのだろうか?
休息することで、
なにを手放すようになったのだろうか?
ときどき遠方の友人から、heeちゃん普段なにしてるの?元気~してる?とか
(動物の森
してるってよく答えてまし
た)
たまーに会うことができる友人たちからも
似たような質問も多く、ランチやお遊びのお誘いも頂き、
ついつい、ひきこもりがちな(笑)私に目覚めの一杯は、とても嬉しいひと時でした。
この一年半ちょっとの中で初めて気がついたことや
学びをさらに深めることができた貴重な体験は、
必ず、多くの方々に役に立てるような形で
誰もが手に取って体感できるように
夏までに卒業制作に取り組み始めました。
(通信講座や個人セッションがスタートします、やっとです
)
↑ なぜ?小さい(笑)
そんなとき、ぱらぱら~と数年前に使っていたメモ帳から、あるメモが・・・。
企業は現代社会では、セールスだけでは成り立たなくなってきている、と。
私たちには、
3つのできる寄付というものがある。
ひとつ、時間。
それから、スキルなどの能力や才能。
そして、
自分の思考。
これらは、毎日でも提供していくことができる、と。
新しい考え方や新しい物事のとらえ方は、
今の状態から、「手放す」ことで移行し、
決して、前のものがダメだとか無くなる訳でもないし、
どっちかを選ばなければいけないという意味ではなく、
それらを含んで、さらに大きなものの見方や考え方になるという意味で、
思考がそのまま浮彫になっていく人間の生き方には、
誰か知らない、どこかの誰かの人生にも影響力が必ずあることを
覚えている必要はなくても、
忘れちゃいけないような気がする。



