この秋、同時にあるふたつのドキュメンタリー映画が公開されようとしている。
11月6(土)公開
。
「うまれる」 http://umareru.jp/namecard-brochure.html
「玄牝(げんぴん)」 http://www.genpin.net/
この2つの映画は、
男性の監督:「うまれる」と
女性の監督:「玄牝(げんぴん)」が、
命の原点、うまれる命について描こうとしている。
ある人たちにとっては、
時代がやっと追いついたから、こういう映画が公開されようとしていると思うだろうし、
ある人たちにとっては、
いつの時代も普遍的なテーマだからだと思うだろうし、
ある人たちにとっては、
こうした似たような偶然が同時に重なることから、
そこにある「自分自身との関係性」について、
なにかを見出す機会にと
もう、自分自身へ意味を決めつけるのを止めるようになっていくのかもしれないけど。
「うまれる」の映画は、監督自身が
両親の不仲、弟が障害を持って産まれ、
母親は弟のことで精一杯、父親は仕事で精一杯で・・・
自分は愛されているんだろうか・・・・親の愛情ってどういうもの何だろう?
なら自分はなぜうまれてきたのか?
何のための生きてるのか?
自分の存在価値がわからなくなり、結婚や子どもを持つことに、全く夢を持てず。
親との関係性や親の愛情を実感できない僕もまた、、、
親の愛情を実感できない子どもを育ててしまうんじゃないか、
と、怖がっていたから。
そんな3年前に、
「3歳前後の子どもの30%に"胎内記憶"がある」
「子どもは、雲の上でママとパパを選んで産まれてくる」 という話を聞き、
え、もしかして、この両親を自分が選んだのかも、、、と、考え出したら、
少しずつ何かを理解できたような気がして、
命の原点に向き合うことで、
自分自身のこと、両親との関係を築き直せるかもしれない・・・と。
そしてこの映画には、
両親との関係に悩む人や不妊治療、流産・死産の経験で悩みを抱えている人や
妊娠・出産・育児における男性側の視点にも注目したい。
男はどうやってパパになるのか、
妻が大変な経験をしている時、夫はどのようにしてパートナーを支えるのか。
(うまれる」ホームぺージより)************************************************************
どの男性も本当は「いいパパ」になりたい。
でも、何をしたらいいかサッパリ分からないのです。
妊娠・出産と言うと、男子禁制のような気もするし、
出産時のいきみがスゴくて女性として見れなくなるとか、
血を見たら卒倒するぜ、なんていうマイナス情報ばっかり聞かされます。
男性は父親の自覚がなかなか持てないでいるのに、
妻は体も心もどんどん母親らしくなっていく。
自分が知らないところでどんどん絆を強めて行くから、
なんだか自分だけが仲間はずれにされてしまったように感じるし、
人によっては「赤ちゃんに妻を取られる」と思ってしまうこともあるようです。
さらに、赤ちゃんが生まれて子育てが始まると、
これまでのように気軽に遊びに出かけられなくなるんじゃないか、セックスはできるのか?
なんてことも考えてしまう(これ、男にとってはけっこう切実な問題です!)。
こんな自分が果たして、父親という重大な役割を与えられていいんだろうか。
自分は一家の大黒柱としてきちんと家族を養っていけるんだろうか。。。
考えるだけで、緊張しますよ、これは(笑)。
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なんと映画公開日は、監督自身が人生で「パパ」になる予定の日。
・・・・・・人生とはなぜこうした粋な計らいがまってるのだろうか。
「玄牝(げんぴん)」の映画は、
あの有名な、愛知県岡崎市にある吉村医院の「自然なお産」が舞台。
「自然に子どもを産みたい」と願い妊婦たちが全国からやってくる吉村医院では、
薬や医療機器などの人口的な介入をせず、
女性が本来持っている "産む力" を信じて産む自然分娩を行っている。
監督自身も2004年に長男を出産したことを振り返り、
吉村先生に興味を抱き会いにいったことから始まる。
自然分娩については、日本だけではなく欧州でも賛否両論があるなか、
女性の1つの選択枠として、こういうのもあるんだと提示している。
院内に建つ江戸時代中期の古民家は、
薪割りや板戸ふきなど昔からの労働や一汁一菜の素朴な昼食をとる場として
妊婦たちへ開放され、
出産に向けて "こころ と からだづくり" の大切さを伝えている。
物事には二面性がある。
光と闇とか、得るとか失うとか、合ってる間違ってるとか、失敗とか成功とか。
ケンカや口論などで、
どちらか一方の話だけ聞いて判断でもしたら、大変になった経験はないだろうか。
というか、
どちらか一方だけの話には、かなりの説得力があったりして(笑)
意外と疑うこともなく
事実を確かめることもしない場合がほとんどかもしれないけど。
それぞれの視点、
それぞれの立場に立ってみたり、
ゆっくりじっくり思い巡らす秋の観賞が多くの人たちへ届きますように・・・・



